自分の能力

科学研究活動は自然および社会の

諸現象・諸行動を対象とし、対象を対象たらしめている仕組みや運動の法則性を解明し、対象をより深く認識する理論的活動である。

実験はこの理論的活動の一環として、当該科学が対象とする研究対象に直接・間接に働きかけ、対象を理論的活動のなかに取り込んでくる実践的役割を担う。

したがって、実験は、本来、単なる研究の手段や操作という狭いものではなく、理論的活動の不可欠の構成部分をなす。

観察・観測・計測や発掘・探査・フィールド調査などデータ収集活動も実験的活動であり、自然科学のみに特有な活動ではないが、ここでは自然科学分野の実験について扱う。

科学研究活動は「理論」と「実験」とに分離できるものとする考え方もあるが、これは理論分野と実験分野の職業的分業の進展に目を奪われた錯誤である。

論理的思考による「理論」的活動と手段や操作をもって対象に働きかける「実践」的活動が、ときによってどちらか一方に偏ることもあるが、対象を認識する活動そのものは、けっして手段や操作にとどまるものではなく、両者は統一されているものである。

Posted 1 month, 2 weeks ago at 10:41 AM. Add a comment

ガイガーはドイツの実験物理学者で

ガイガー・カウンターの考案で知られる。

インド学者ウィルヘルム・ガイガーを父にノイシュタットに生まれ、エルランゲン大学、ミュンヘン大学で物理学を学んだ。

1906年イギリスのマンチェスター大学でシュスターの助手となり、翌年シュスターの後を継いだラザフォードの下にとどまり、α(アルファ)線散乱の実験に従事、優れた研究成果をあげた。

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とくにα粒子が気体分子と衝突して電離する作用を利用したα粒子の計数装置は、後のガイガー計数管(1908)やガイガー‐ミュラー計数管(1928)として知られるさまざまな荷電粒子の計数管に発展し、放射線計測学の基礎を築いた。

またマースデンErnest Marsdenとともに行ったα粒子の大角散乱の存在を示す実験(1909)は、ラザフォードの原子構造の研究を基礎づけた。

さらにヌッタルJohn Michael Nuttallとの共同実験では、α粒子の飛程と親原子の平均寿命を関係づける法則(ガイガー‐ヌッタルの法則)を導いた。

1912年、彼は帰国し、ベルリンの国立物理研究所に新設されたラジウム研究所の主任研究員となった。

ここでボーテとともに、光の散乱で生じる反跳電子を測定して、光量子説を実験的に確かめた。

第一次世界大戦に従軍したのち、25年キール大学教授、29年チュービンゲン大学教授となるが、ナチス政権が確立すると親英的研究者とみなされて、よいポストにつくことを妨げられたらしく、36年から44年まではベルリンの工業高等学校で教鞭(きょうべん)をとった。

Posted 2 months, 2 weeks ago at 2:16 AM. Add a comment